量子化学では、電子を固定された小さな軌道を回る粒子としてではなく、波動関数としてモデル化することで結合を説明します。入門レベルの多くの問いでは、重要なのは 分子軌道理論 と Hartree-Fock理論 です。前者は軌道が分子全体に広がることを許し、後者はその軌道を実用的に近似する方法を与えます。
1つだけイメージを残すなら、これです。どの電子がどの結合に「属するか」を問うのではなく、分子全体としてどんな電子の許されたパターンがあり、電子がそれをどう埋めるかを考えます。
分子軌道とは何か
分子軌道、つまり MO は、採用しているモデルの中で分子に対して許される1電子波動関数です。実際には、化学者はしばしば原子軌道を組み合わせて MO を近似します。
ここで、 と は原子軌道で、係数は各軌道がどれだけ寄与するかを表します。
2つの原子軌道が建設的に重なると、原子核の間の電子密度が増え、結合性軌道 ができます。逆に、破壊的に重なると、原子核の間に節が現れ、反結合性軌道 ができます。
これが MO の中心的な考え方です。結合は、2原子間に描かれた局在した共有電子対だけで決まるのではなく、分子全体に広がった軌道の形とエネルギーに依存します。
Hartree-Fock法は分子軌道をどう近似するか
多電子分子では、厳密な電子の Schrodinger 方程式は通常、閉じた形では解けません。Hartree-Fock法は、そのための実用的な近似を与えます。
HF では、各電子は1電子スピン軌道で記述されます。ただし、それらの軌道は互いに独立に決まるのではなく、各電子が他のすべての電子の平均的な効果を感じるため、まとめて解かれます。全電子波動関数は Slater 行列式 として書かれ、これによって電子に必要な反対称性が満たされます。
この方法が 自己無撞着場 と呼ばれるのは、平均場を作るのに使った軌道が、方程式を解いた結果として得られる軌道でもなければならないからです。つまり HF は単なる「軌道を推測する」方法ではありません。「推測し、解き、更新し、入力と出力が十分一致するまで繰り返す」方法です。
HF には交換項が明示的に含まれますが、すべての電子相関を捉えるわけではありません。この欠けた相関のため、より高精度な方法は HF の上に構築されることが多く、HF だけで終わらないのです。
例題: の分子軌道像
は最もわかりやすい出発点です。各水素原子が1つの 原子軌道と1個の電子を持ち寄るからです。
この2つの 軌道は、次の2つに組み合わさります。
- 低エネルギーの結合性軌道。通常 と書きます
- 高エネルギーの反結合性軌道。通常 と書きます
2個の電子はどちらも、逆向きスピンで低エネルギーの結合性軌道に入ります。反結合性軌道には入りません。
単純な二原子分子の MO 充填図では、結合次数は
で与えられます。ここで は結合性軌道に入っている電子数、 は反結合性軌道に入っている電子数です。
では、、 なので、
となります。これは単結合という考え方と一致します。また、MO 理論が有用な理由も示しています。電子が反結合性軌道に入ると、結合次数は下がり、結合は弱くなると予想されます。
ここで HF は何を付け加えるのでしょうか。実際の計算では、HF は単に2つの軌道に手でラベルを付けるだけではありません。平均場近似の範囲内で、その分子にとって最適な軌道を解き、その軌道を使って近似的な電子エネルギーを計算します。
腑に落ちるための直感
最も安全な直感は、「電子は惑星のように軌道を回る」ではありません。そうではなく、「電子は許された波のパターンを占有する」です。
ある軌道が原子核の間により多くの電子密度を置くなら、通常それは結合を支えます。ある軌道が原子核の間に節を作るなら、通常それは結合を弱めます。HF はそのうえで、すべての電子を平均的かつ自己無撞着に含めたとき、占有される軌道の最適な組を求めます。
これが、MO 理論が非局在化の記述に特に有用な理由です。電子密度が自然に複数の原子へ広がるなら、電子を厳密に局所結合へ押し込めるより、分子全体の軌道像で考えるほうがすっきりします。
量子化学でこのモデルを使う場面
分子軌道と HF 理論は、次のようなときに役立ちます。
- ある軌道を埋めると結合が強まるか弱まるかを予測したいとき
- 分子全体に広がった非局在電子を記述したいとき
- 分子のエネルギーや軌道の形を近似的に見積もりたいとき
- より高精度な量子化学計算法の出発点を作りたいとき
- 分光、磁性、反応性を電子構造と結びつけたいとき
実際には、HF は計算化学における最初の本格的な近似であることが多いです。十分に体系立っていて有用でありながら、多くの系に対してまだ扱えるからです。
よくある間違い
軌道を文字どおりの通り道だと思う
軌道は文字どおりの軌跡ではありません。電子の分布やエネルギーを予測するための波動関数モデルの一部です。
Hartree-Fock法を厳密だと考える
HF は近似です。電子相関が強く重要な場合、HF は質的に不完全だったり、数値的に精度の低い結果を与えたりします。
結合次数をいつでも使えると思う
式
は、標準的な入門 MO 図で使う単純な MO の数え上げ規則です。あらゆる分子のあらゆる結合解析を置き換える普遍的な方法ではありません。
どんな2つの原子軌道でもよく混ざると思う
軌道が有効に混ざるには、対称性が適合し、エネルギーも十分近くなければなりません。これらの条件が満たされないと、組み合わせは弱いか、ほとんど無視できるものになります。
Hartree-Fock法と密度汎関数理論を混同する
どちらも主要な電子構造法ですが、同じ方法ではありません。HF は平均場中の軌道から作る Slater 行列式に基づき、DFT は電子密度を中心変数として使います。
分子軌道理論と HF をいつ使うか
Lewis 構造や局在結合の図式が粗すぎると感じ始めたら、この話題を使います。たいていは、反結合性軌道、非局在化、磁気的性質、あるいは計算法に初期波動関数モデルが必要な理由が気になったときです。
自分で試すなら、、、 を比べてみてください。同じ結合性・反結合性の枠組みに異なる電子数を入れてみるのは、分子軌道理論がなぜ結合の予測を変えるのかを最も速く理解する方法の1つです。